外国語としての日本語
■母語だからこそ
「日本語が話せるんだから、日本語を教えることなんて誰にでもできるんじゃないの?」
私が日本語教師の勉強をしていた時によく言われたセリフです。そんなに大昔のことではないのに、やはりこれが当時の一般的な認識でした(いまもそう?)。答えはもちろん、NOです。たとえば、
1.「私は鈴木です」「私が鈴木です」
2.「東京へ行きます」「東京に行きます」
3.「彼にこの本をもらった」「彼がこの本をくれた」
上の1〜3の文章が、文法的にどう違うのか、どんな使い方の違いがあるのかについて、私たちは簡単に説明することができませんよね。それは、日本語を母語としている私たちは、文法や発音を無意識に身に付けたからです。
無意識に身に付けたとういことは、専門的な言語学としていちいち分析などしていないということなので、それを言語学的に説明しなさいといわれても、説明できなくて当然と言えば当然です。 つまり、日本語を母語として習うときと、外国語として習うときとでは、言語習得のプロセスが全く違うのです。
ですから、極端に言えば、日本語を話せるからこそ日本語を「外国語」として教えられない、と言うこともできます。では、日本語を「外国語」として学習者に教える日本語教師には、どのような知識・スキルが必要なのでしょう? 以下は、日本語教師に必要とされる専門知識の一例ですが、これを見ても、多分野にわたるさまざまな知識とスキルが必要だということが分かるでしょう。
1.言語学的知識(音声学、社会言語学他)
2.日本語学的知識(日本語史、表記、語彙、日本語文法他)
3.教授法(指導方法、教材、異文化コミュニケーション他)
上記のような日本語についての知識やスキルは非常に幅広くマニアックなため、すべてを理解し自分のモノにするにはそれなりの努力と根性が求められます。
